三島市教育委員会と株式会社アイティエスの事例【後編】ーセルラーiPad の可能性と課題 ー

  一般社団法人iOSコンソーシアム(以下、当会)では、教育現場における1人1台のiPad活動を支援して今年で活動11年目となる。GIGAスクール構想により全国の公立学校にも1人1台環境が展開されて概ね3年度が経過するが、現場はどのように変わったのだろうか。前編に引き続き当会の事務所がある静岡県三島市でのGIGAスクール構想の取り組みを、三島市教育委員会と株式会社アイティエスに聞いた。取材を通してセルラータイプの端末の良さを活かした取り組みや課題が浮き彫りになった。

なぜ三島市はセルラーモデルのiPadを選定したのか


三島市教育委員会 学校教育課 主任指導主事 高嶋大生氏

 「この子は家で繋がるけれども、この子は繋がらない、そういった壁があると、活用の一歩目を踏み出すことが難しいのではないか。そういうところで、当初からLTEをぜひ入れたいという話が(教育委員会内部で)出ていました」

 こう語るのは、三島市教育委員会 学校教育課 主任指導主事 である 高嶋大生氏。立ち上げ当初から端末は「持ち帰ることが前提」(高嶋氏)と考えており、教職員にとっても、児童生徒にとっても「繋がらない」ことが制約になってはいけないと、WiFiに加えLTEや5Gのモバイルネットワークでも通信ができる「セルラータイプ」の端末を検討したという。事実、教職員からもセルラーモデルを使いたいという声があったという。

「正直、費用面ではWiFiタイプの方が有利です。しかし、それでは先生たちが使いにくいシーンがあるのではないか」(高嶋氏)と考え、三島市としてセルラーモデルのiPadを提案していくことにしたという。


三島市教育委員会 教育推進部 教育総務課 杉山慎太郎 課長

 この提案を当時、市長部局の契約担当として受け取った杉山慎太郎氏(現在は三島市教育委員会 教育推進部 教育総務課長)は「個人でLTEのiPadを使っていたのでメリットは理解していたが、正直、よくこの選択肢を持ってきたなと思った」と語る。

 当時のGIGAスクール端末に対する国からの定額補助は4.5万円。セルラーiPadの本体価格は(少なくとも当時の市場価格では)収まらない。加えて月々の通信料金も別途かかるため、市として別の財源が必要になる。しかし三島市教育委員会は「教員間で大きな差が生まれない仕組みが重要」という考えのもと、コスト試算やセルラーモデルの利点を様々な形で検討し、最終的にセルラーモデルのiPadが採択されることとなった。プロポーザルの結果、前回記事にも記載した通り、端末・通信・ヘルプデスクをKDDIが受託し、このうちヘルプデスクは同市内に拠点を置く株式会社アイティエスが再委託を受ける形で運用がスタートした。

教員も、児童生徒も、端末を学校の外に「持ち出す」

 こうして採択されたセルラーモデルのiPadは、前編でもご紹介したように、三島市が教職員に対して積極的な端末活用に向けた支援を行ったこともあり、教職員が学校外で行われる研修等に自身のiPadを持ち出す割合が非常に高くなったという。児童生徒についても(小学校1年生など一部例外があるものの)ほぼ全学年でiPadを毎日持ち帰る運用になっており、教員がヘルプデスクに要請すれば特定の学校/学年に追加アプリを導入することもできる。児童生徒端末ではYouTube視聴も(在校時間帯は)原則許容されている。長期休暇中はYouTubeの閲覧制限など一部設定の変更はするものの、様々な教育に役立つドリルやアプリは利用できるなど、児童生徒目線でも自由度が高めな設計になっているのだ。もちろんLTE通信が使えるので、自宅外でもいつもと同じように活用できる。

 こうした工夫もあり、三島市ではGIGA端末の利用が教職員・児童生徒ともに「日常化」しており、そこにセルラーモデルが貢献している部分がありそうだ。

セルラーモデルを3年間運用してきて見えてきたこと

 前項の通り、セルラーモデルの最大のメリットは「どこでも使える」ことだが、それ以外にもいくつかのメリットがある。例えば

 ・学校のWiFiの設備が故障時、通信集中による速度低下時のバックアップとしてセルラー通信が使える
 ・自宅にWiFiが無い児童生徒でも、他に児童生徒と同じように活用できる
 ・災害時や緊急時の連絡手段になる
 ・MDM(※1)などの端末へのアプリ導入やフィルタリングの設定変更がWiFi環境下に無い時でも機能する
 ・GPSが搭載されており、端末紛失時の捜索に活用できる

といった点だ。

※1 MDM:Mobile Device Managementの略。モバイル型の端末であるスマートフォンやタブレット、ノートPCなどを遠隔で管理し、設定変更を行ったり、遠隔でアプリを入れたりできる。元々は民間企業において、端末の紛失時にロックしたり遠隔で機密データを削除する目的で広がったものが、私立学校などで採択されることで教育機関でも有効性が確認され、GIGAスクール端末でも導入される事例が全国に広がっている)

 

 特に最後の2点について、実際に三島市の運用で効果があったことを取材の中で聞くことができた。

「セルラーの利点としてGPS搭載がある。これに助けられたことが何度かあった」(杉山課長)

 通常、端末紛失の報告があった場合、後述するヘルプデスクが捜索を行う。その際、地図上で端末の位置を表示する機能がMDMにはあるのだが、WiFiモデルだとアクセスポイント(WiFiの電波を発する機器)の情報を参考におおよその位置までしかわからない。セルラーモデルは携帯基地局に現在位置を常に知らせ続ける仕組み上、GPS機能が標準搭載されている。このGPSによりかなり高精度に位置がわかるのだ。これにより、端末を発見できたケースがあるという。

 さらに、三島市において端末の設定変更や保守対応を行う「ヘルプデスク」の受託業者である株式会社アイティエスもセルラーモデルの利便性についてこう語る。


株式会社アイティエス で GIGAスクールのヘルプデスクを担当する 西島敏也 グループ長

 「実は児童生徒・保護者から一番多い問合せ(※2)が”パスコードを忘れたのでリセットして欲しい”です。MDMによるパスコードリセットは、端末がインターネット接続されていないと機能しません。その点、セルラーモデルは電源さえ入ればほぼ確実にリセットができる。WiFiモデルだと、稀に再起動がかかるなどしてWiFiに接続できない状況に陥った場合、(端末を回収しないと)リセットができません。」 

 こう語るのは同社でGIGAスクール端末のヘルプデスクの担当をしている西島敏也グループ長だ。

※2:前編でも記載した通り、三島市では児童生徒や保護者が直接ヘルプデスクに連絡をしてトラブルへ対応を求めることができる。


株式会社アイティエス で GIGAスクールのヘルプデスクの責任者を務める 増尾敦基 課長

 さらに西島氏の上席であり、ヘルプデスクの責任者を務める株式会社アイティエスの増尾敦基課長はこう語る。

「長期休暇中はしばらく学校に行けないが、その間にパスコードロックが発生してしまうと、学習にiPadを使いたくても使えないという状況になる。それをなんとかしたくて、保護者からも、児童生徒本人からの申告も受け付けています」

 このように地域密着型の企業として児童生徒や教員の端末活用をバックアップする際、セルラーモデルの隠れた魅力が伺えた。なお、気になる児童生徒や保護者からの問い合わせは、全体の中で5%程度の割合で、前編でも紹介した様々な工夫もあり、現時点ではそれほど多くないという。

課題は「セルラーモデルで端末更新」ができるかどうか

 GIGAスクール構想開始から3年が経過し、これから全国の自治体は端末の更新(買い替え)に向けたモデルの選定に向かうことになる。しかし報道の通り、半導体不足に端を発する端末価格の値上がりに加え、大幅に円安となった。次期GIGA端末の国の定額補助は1台5.5万円に増額されたが、本稿執筆時点で最も安価なiPadは第9世代の49,800円(WiFiモデルの64GB)、最新の第10世代iPadは68,800円(WiFiモデルの64GB)だ。セルラーモデルはここから2万円程度高くなる。

 これに対しApple社は、iPadのリセールバリューの高さを活かした旧端末の「下取り」制度や、新端末をリース化することで負担を抑える仕組みを用意している(Apple公式HPの情報)。ただ、前述の通りセルラーモデルは端末価格と別に通信費も発生するため、ハードルはなかなか高い。

 この点について前出の三島市教育委員会 教育推進部 教育総務課長 の杉山慎太郎氏はこう語る。

「自宅にWiFiがあり、学校でもWiFiが使えていれば、LTE通信を使うのは校外学習など一部のケースなのが実情。ただ、全国の事例を見てもiPadを選定している自治体は利用率・活用度が高いことは明確なので、iPadは引き続き選択肢として残したいが、LTEは今後も手放しで継続できるかというと、難しい部分もある」

 一方で、セルラーモデルの継続に向けて、他のセルラーモデルのiPadを採択している自治体との情報交換や、県教育委員会(注:次回のGIGA端末は都道府県単位の共同調達が原則となる)とセルラーモデル端末の仕様のあり方を議論しているほか、通信費の部分に対してなんらかの補助を要請できないか、教育委員会として模索中だという。

 使ってみると確かに利便性も高く、端末管理の日常化を支えるセルラー端末。その効果はなかなか数字には現れにくい部分もある。次期GIGA端末の調達に向けて、セルラーモデルがどの程度採択・活用されていくのか。今後の動向に注目したい。


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 一般社団法人iOSコンソーシアムでは、こうした創意工夫を行っている教育委員会とそれを支える企業の取り組みを今後、順次取材していきたいと思います。取材対象はGIGAスクールの学習者用端末としてiPadを採用している自治体様となります。ご興味・ご関心のある自治体様、企業様は info@ios.or.jp までお問い合わせください。


執筆:一般社団法人iOSコンソーシアム 代表理事 野本 竜哉

※本文中の取材に応じてくださった方々の役職・ご所属は取材当時のものとなります。