【Apple教育イベント 2026 レポート】「明日も来たい学び舎」へ ― 岐阜市と鎌倉市が描く、学習者中心の学校改革とテクノロジーの役割

「明日も来たい学び舎」へ。
岐阜市と鎌倉市が描いた、学習者中心の学校改革とテクノロジーの役割。

EDIX の会場から道路を挟んで反対側、有明セントラルタワーで開催された Apple 教育イベント。そのオープニングを飾るメインセッションには、岐阜市教育委員会・水川和彦教育長と、鎌倉市教育委員会・高橋洋平教育長が登壇。「学習者中心」というキーワードを軸に、学校改革の最前線と、その中でテクノロジーが担う役割が語られた。

2026年5月13日 12:00–15:30 / 有明セントラルタワー Apple 教育イベント メイン会場

オープニング ―― 教育は Apple の基本理念に根ざす

冒頭に登壇した Apple Japan 代表執行役社長の秋間氏は、「教育は Apple の基本理念に根ざす最も大切なテーマである」と語った。直感的で堅牢、そしてアクセシビリティを重視する設計思想を紹介しつつ、今年新たにラインナップに加わった MacBook Neo を“先生方の道具”として推す姿勢を明確にした。「テクノロジーは子どもの才能と創造性を引き出す役割を担う。私たちの製品とコミュニティが、学校が抱える課題解決の伴走者でありたい」――。短いスピーチの中に、Apple の覚悟が滲んだ。

水川和彦氏(岐阜市教育長)――「街全体を教室に」

続いて登壇した岐阜市の水川教育長は、人口約40万人、児童生徒3万人弱という規模感をふまえながら、学校改革のビジョンを「明日も来たい学び舎をつくる」「街全体を教室にする」という表現で示した。現行制度のなかで小中9年間の学校生活はおよそ8830時間に及ぶが、そのうち子どもたちが自由に探究できる時間はわずかしか確保されていない。不登校が全国で35万人を超えるという現状は、「子ども側の問題」ではなく「日本の教育システムへの適合不全」として捉えるべきだ、と水川氏は語る。

岐阜市教育委員会・水川和彦教育長
岐阜市・水川和彦教育長。「明日も来たい学び舎」へという言葉が、会場全体に静かに響いた。

印象的だったのは、紹介された3つの事例である。ひとつ目は、公立幼稚園での長期探究プロジェクト。自然と生き物に深くかかわる体験とそこから生まれる探究のストーリーを保障した結果、全国優秀園・最優秀園の評価を受けた。ふたつ目は「学びの多様化」を掲げる草潤中学校。登校時刻、時間割、担任との関わり方を生徒自身が自己決定する。標準1015時間に対して770時間で運営されており、約8割が毎日登校している。そして3つ目が、iPad と MacBook Air を組み合わせた、校務DXへの取り組みだ。

草潤中学校のコンセプト「学校らしくない学校」
草潤中学校のコンセプト「学校らしくない学校」。登校時刻・時間割・担任との関わり方・規則を、生徒自身が選び、決める。

「学校の価値観と社会の価値観は、いま逆転しつつある。“指示を守る”ことから“主体性”へ、“正解を求める”ことから“答えのない問いに向かう”ことへ。学校の方が、社会から取り残されかねない局面に立っています」――。水川氏の言葉は、会場の教育長クラス・校長クラスにも深く刺さっていた。

高橋洋平氏(鎌倉市教育長)――「スクールコラボファンド」と社会に開かれた教育課程

鎌倉市の高橋教育長は、社会と学校をつなぐ仕組みとして「スクールコラボファンド」を紹介した。教育委員会が企業・大学・財団と連携してクラウドファンディングを実施し、これまでに約6,000万円を調達。小学2年生の国語授業でモンゴルの子どもたちと Zoom 交流を行ったり、津波リスクを広告代理店と共に学んだり、地域の職業人へのインタビューをドキュメンタリー作品に仕立てたり――。通常の公費だけでは難しい挑戦的な学びを、機動的に支える仕組みだ。

鎌倉市の事例として紹介された市独自の取り組み
鎌倉市の事例として紹介された、市独自の取り組み。

もうひとつ紹介された不登校特例校「由比ガ浜中学校(学びの多様化学校)」も、印象に残った。コンセプトは「自分らしく学び、成長できる学校」。卒業生14名全員の進路が決定し、標準1015時間に対し770時間で運営されながら、出席率81%を年間維持している。塩づくり、野菜の収穫と料理、VR ゲーム制作――。独自枠「ULTLA」と呼ばれる午後の探究時間が、子どもたちの「楽しい、行きたい」を支えている。なお「ULTLA(ウルトラ)」は〈学びの最適化と評価による個性の解放〉を意味するプログラムで、由比ガ浜中独自の教科だ。海・森・寺など地域を舞台に、認知特性のアセスメントから一人ひとりが自分に合った学び方を見いだす。2021年に不登校支援の短期プログラムとして始まり、いまや由比ガ浜中の中核をなす午後の探究(年140時間)へと発展している。

正解ではなく「納得解」を ―― 探究の質をどうデザインするか

両教育長に共通していたのは、これからの学びを「正解を出すこと」ではなく「納得解を導くこと」へとシフトさせていく、という姿勢だった。リアルへのこだわり、科学的視点、他者との出会い、そしてデジタル――この4つを両輪のように回しながら、子どもたちの素朴な関心(料理、アート、地域の歴史…)からストーリーのある探究を立ち上げていく。「調べて発表」で終わらせず、次の問いに接続する設計を学校全体で持つことが重要だ、という議論が交わされた。

テクノロジーは、その探究を“速くする”ためのものではなく、「子どもと向き合う時間を取り戻す」ためのものとして位置づけられていた。業務効率化の目的は労働時間の削減ではなく、子どもの傍に座る時間を確保すること。両氏が iPad や MacBook Air を「目的化せず、脇役として」語っていたのが象徴的だった。

“履修した”から“到達した”へ ―― 評価の前提が揺らぐ

メインセッションを聞きながら何度も頭をよぎったのは、評価制度の問い直しだった。日本では「その学年で一通り学んだか(履修主義)」が進級基準だが、生成 AI を一時的に借りればテストはそれなりにクリアできてしまう。「本当に理解しているか(到達主義)」との乖離は、もはや学校現場の感覚としても無視できない段階だ。

両市が取り組んでいるのは、まさにその到達主義への舵切りである。草潤中の時間割の自己決定、由比ガ浜中の「ULTLA」、スクールコラボファンドによる地域連携――。いずれも、子どもたちが何を“身につけたか”を、ペーパーテスト一発ではない方法で見取る仕組みとも言えるだろう。AI 時代の学校の在り方として「評価」をどうするべきかは、現在も中央教育審議会で日々議論をされているところだが、両市はもちろん、全国の学校教育機関がこの「答えのない課題」に対して探究していくことが求められているのかもしれない。

学校の役割の“再定義”が始まっている

クロージングで両氏が口を揃えたのは、これからの10〜20年で学校が果たす役割の輪郭だった。「個別最適な学び」と「小さな社会としての機能」を両立させる場としての学校。そして、教育長と校長と現場の教員が対話的・協働的に学校をつくっていく――つまり、子どもに求めるのと同じ“主体性と多様性”を、大人の側にもインストールする必要がある、という同型性の話だ。岐阜市と鎌倉市は、時代に合わせて学校を「子どもたちの目線」で変革していく必要性を訴える、非常に象徴的なメッセージだったと思う。

教育委員会の対話セッションApple教育イベント2026 メインセッションの様子
教育委員会の対話セッション。会場からは「うちでも同じことを考えていた」という共感の声が次々に寄せられた。

(2026年5月/Apple 教育イベント 2026 メインセッション取材レポート)