【Apple教育イベント2026 Room D レポート】AIで「学びのオーナーシップ」を子どもたちの手に ― 価値観をデザインする生成AI授業のリアル

Apple Education Event 2026 / Room D:教育とAI レポート

AIで「学びのオーナーシップ」を、子どもたちの手に取り戻す。価値観をデザインする、生成AI授業のリアル。
「Room D:教育と AI」は、今年の Apple 教育イベントの中でも一際注目を集めたセッションとなった。セッションではApple Japanスタッフのファシリテートの元、成田市立西中学校の伊藤悠希先生、そして広島大学大学院の宮島衣瑛氏が登壇。“AI をどう使うか”ではなく、“どんな価値観で使うか”――60分のセッションは、その一点に向かって深く掘り下げられていった。
2026年5月13日 14:00–15:00 / 有明セントラルタワー Room D
「織機型」か、「クレーン型」か ―― AI活用を分ける価値観のフレーム
セッションは、Apple と米国の非営利団体 Common Sense Media が共同制作したコンテンツ「あなたの価値観と AI」の紹介から始まった。テクノロジーの使い方を最終的に決めるのは、製品の性能ではなく、教育者と学習者自身の価値観だ――。その立場を、二つの比喩で説明する。
ひとつは「織機型」のテクノロジー。人間がこれまで行っていた活動を、機械が完全に置き換える使い方だ。もうひとつが「クレーン型」のテクノロジー。人間だけでは届かなかった領域にテクノロジーが手を伸ばすことで、行動のインパクトを“増幅”していく使い方である。どちらになるかは、製品自体ではなく、使う側の設計と価値観で決まる――Room D の議論は、この分かれ道から出発した。
成田市立西中学校 ―― 生徒会と共につくった生成AIのルール
2024年から Apple Distinguished School として活動する成田市立西中学校。伊藤氏が紹介したのは、生成 AI の導入を“管理職と DX 担当だけ”で決めなかった、というプロセスだ。DX チームと生徒会が中心となり、全校一斉のオンライン授業で生成 AI の仕組みとメリット・デメリットを議論。意見を集約し、「禁止のリスト」ではなく「ポジティブなルール」を共創してきた。ルールは固定ではなくアップデートを前提とし、近々の生徒総会で改訂版を発表する予定だという。

成田市立西中学校・伊藤先生の資料。校内ルールを生徒会と共創してきたプロセスが詳細に共有された。
“言語化力 × 創造性 × メタ認知” ―― 3つの学習サイクル
西中の実践は、生成 AI を「言語化力」「創造性」「メタ認知」の3軸で位置づける、シンプルだが強い設計の上に成り立っている。国語のディベートでは AI と論点を整理しながら、思考のスタートラインを“言語化”する。美術では制作途中の作品を AI に評価させ、その示唆を出発点に新しい価値を“創造”する。そして数学の証明問題では、自分の解答を AI に評価させ、思考の癖やバイアスを“メタ認知”する。
「シンキング・ウィズ(AI と共に考える)」と「シンキング・スルー(AI を通して考える)」という2つのモードを意識的に切り替えながら、教科横断で AI を実装している点が興味深い。夏休みの「生成 AI 活用コンテスト学習会」では、自転車のカゴの設計や、自由研究の実験設計に AI を巻き込み、生徒の“具体化力”と“感情の解像度”を鍛えていく。教師の役割は「正解を教える人」から、「子どもと共に問いと向き合うファシリテーター」へと明確に転換していた。
「ハードファン」―― 難しいけど面白い、という喜びを取り戻す
後半は、広島大学の宮島氏の登壇が続いた。宮島氏が繰り返し強調していたのは、教育の根源的な目的は「自分は何をしたいのか、何が好きなのか、何を良いと思うのか」という“自分の価値観を鍛えること”にある、という立場だった。
価値観を鍛えるためには、本物のインプット(美術品、良書、優れたアート)と、それを起点にしたアウトプット(実際につくる活動)の両輪が要る。そこで生まれる感情は単なる「Fun」ではなく、シーモア・パパートが提唱した「Hard Fun(ハードファン)」――“難しいけど面白い”という、根源的な「Joy(歓び)」だ。AI 時代の学びの中心には、この“喜び”が据えられるべきだ、と宮島氏は語る。

広島大学大学院・宮島衣瑛氏の資料。シーモア・パパートの「Hard Fun」の考え方がシェアされた。
「超創造層」と「消費層」―― AI時代に生まれる新しい分断
宮島氏は、AI 時代に社会階層が「超創造層/創造層/消費層」へと再編される可能性を提示した。「消費層」とは、AI にレコメンドされたコンテンツを受動的に消費し続けるだけの層である。ペーパーテスト中心の学びだけを続けていけば、子どもたちはたやすく“消費層”に滑り落ちてしまう。一方で、創造的な活動を経験した子は、AI に手伝ってもらいながら自らアウトプットを生み出す“創造層”、さらにはその先の“超創造層”に向かっていける――。
中央教育審議会で議論が進む「創作系探究」は、まさにこの“消費層”をつくらないための制度的な仕掛けでもあるという。学校が AI とどう向き合うかは、もはや授業の話だけではなく、10年後の社会階層の話と地続きになっている。

AI時代では、創造力を持った人が引き上げられる一方で、消費者が固定される「格差」が課題になることを、宮島氏は課題提起する。
シナリオ演習 ―― 「紙とペンだけ」か「AIに役を演じさせる」か
セッションの最後は、参加者全員でのシナリオベースの演習だった。高校のメディアアート授業で、エスノグラフィー(参与観察)を通じて家族のドキュメンタリーを制作する――という想定の中で、3つの選択肢が示される。
A:紙とペンのみの伝統的な手法。B:生成 AI にインタビュー対象の役を演じさせ、対話のシミュレーションを行う。C:ボイスメモと要約アプリで記録を補助する。伊藤氏は「C を使いながら A を合わせる」、宮島氏は「条件付きで C」と回答。AI による要約が、子どもたちから“価値判断のプロセス”を奪ってしまわないか――という懸念が、二人の言葉の端々にはっきりと滲んでいた。
正解は無い。子どもたちに何を身につけてほしいかによって、最適な使い方は変わる。ただ、それを“設計する側”の大人が、価値観のフレームを持って臨んでいるかどうか。Room D が問うていたのは、終始その一点だった。

伊藤氏(左)と宮島氏(右)を交えたシナリオ演習。Common Sense Media に掲載されるひとつのシナリオを通じて、会場内でもディスカッションが行われた。
低年齢からの“AI依存”という、もうひとつのリスク
ここで改めて思い出すべきなのは、生成 AI を低年齢から使うことが当たり前になると、「自分でやったことを経験として積み上げ、知識と知識を組み合わせて新しい結論を導き出す」という認知発達のプロセスが阻害されかねないという、いわゆる「認知的オフローディング」と呼ばれる課題だ。“分からなければ AI に聞く”が反射的な行動になる前に、AI とは何かを理解するリテラシー教育が重要である――こうした主張は、宮島氏も指摘している現在の中教審の議論でも度々話題になっている。
現行の学習指導要領では、情報教育の中心は中学校以上の「技術・家庭科」や高校の「情報」だ。しかし、すでに小学生が日常的に AI を使っている現実は、その制度設計を大きく超えている。中教審において総合的な学習の時間に情報領域を設ける議論は進んでいるが、そうした指導要領が施行されるのは2030年ごろ。普段の授業の中での発問、家庭での会話、保護者の関わり――学校と家庭、複数の教科を横断した働きかけのレイヤーで、AI との付き合い方を、新指導要領に先行して学んでいくことが、ますます重要になってくるのかもしれない。
「猫も杓子もAI」のなかで、誰の言葉を信じるか
EDIX2026 の会場全体を覆っていたのは「猫も杓子も AI」という空気感。Appleは児童生徒のAI活用に対してはある程度慎重な姿勢を見せているように感じるが、それでもAI を載せたことで活用することが目的化してしまい、授業デザインが空洞化している、という来場者からの指摘も各所で聞かれた。そういう熱量のなかで、Room D のセッションが提示したのは、「触って試行錯誤している人」「実際に教室で授業をデザインしている人」「制度設計の現場にいる人」――この3つの声を重ね合わせる、というシンプルな姿勢だった。
「AI が生成したものの“良し悪し”を判断するのは、いつだって自分自身。その主体性を育てるためにこそ、子どもたちは『つくる』という活動を続ける必要がある。」
— 宮島衣瑛氏(広島大学大学院)
(2026年5月/Apple 教育イベント 2026 Room D 取材レポート)





