関西大学初等部・堀力斗先生に聞く、児童と保護者でつくった生成AIガイドブック ―「禁止でも自由でもなく、どう付き合うか」

ガイドブックを子供達と一緒に「編集会議」で制作指導する堀先生。保護者アンケート結果を分類別にまとめた資料を提示し、児童たちにこの内容のどこを取り入れるかを考えてもらっている様子(2026年2月 公開研究会にて:筆者撮影)
取材・構成=野本竜哉(「iPadと学び」編集部)/取材日:2026年6月24日
関西大学初等部が2026年6月、児童・保護者・学校が同じ方向を向いて考えるための「生成AI利活用ガイドブック——学校と家庭で、安心して使うために」の初版を公開した。作り手は2025年度の5年生と、校内に設けられた生成AIリテラシー・ガイドライン策定委員会。編集会議に立ち会い、公開まで伴走してきた堀力斗先生に、制作の背景から公開後の反響、そしてこれからのAIと教育の付き合い方までをうかがった。
生成AIを「使う・使わない」の二択を超えて
2026年2月、筆者は関西大学初等部の公開研究会に訪問し、6月に公開された同校の「生成AI利活用ガイドブック」が生み出される途中経過を目撃した。実は同校は前年の6月にも訪問しており、その際の模様はインプレス社の「こどもとITの記事」にもまとめているのだが、そこで知ったのが関西大学という母体を活かした、小・中・高・大をつなぐ「一貫した生成AIリテラシー育成」という発想だった。関西大学初等部の児童たちは、やがて同じ学びの道を大学まで歩んでいく。それを踏まえ、同校には「小学校段階ではここまで」「中学2年生(多くの生成AIを触れるようになる13歳)に達すまでにはここまで」といった基準を設定している。この小・中・高・大 一貫プランの策定委員の1人である関西大学初等部の堀 力斗 教諭は「AIとして何をどう使い、その中でどんな力が必要になるのかを、早い段階からきちんと整理しておきたかった」という。
その理念や方針に「保護者の声を反映する」というのが、早くから児童に対し1人1台のiPad活用を進める中で保護者との対話を進めてきた同校らしい取り組みである。同校ではガイドブック制作に先行して保護者への生成AIに関するアンケートも行ない、「(教育上の)きちんとした指標を示してほしい」「学校として説明責任を果たしてほしい」という声を多くいただいたという。ここに後述する児童たちの声を掛け合わせた上で導き出されたのが「“使う・使わない”のという二択ではなく、どう向き合い、どう付き合っていくのかだ」(堀先生) という基本方針であったという。特に13歳未満の児童たちだからこそ、禁止か自由かという両極に振れるのではなく、家庭と学校が同じ方向を向いて一緒に考えた——そうした結果として生まれたのが、2026年春に公開されたガイドブックだったのだ。
ガイドブックが対象としているのは、文章・画像・音声などを作る生成AIから、AIを使った検索・学習支援の機能まで幅広い。家庭での使い方には学年別の目安も示され、
- 1・2年生は基本的に使わないか、使うときは保護者と一緒に、短時間で
- 3・4年生は保護者と一緒に、調べ学習の入り口や言い換えなど限定的に
- 5・6年生は保護者とルールを決めたうえで、自分の考えを中心に“材料”として
等、発達段階に沿って段階が引かれている。
さらに生成AIと向き合う基本姿勢としては「自分で考える→相談する→自分で確かめて整える」という指針が置かれ、児童向けには「①ひとりで決めない ②まず自分でやる ③本当か確かめる ④名前・写真は入れない ⑤時間を決める」という5つの合言葉を示している。表現としてはわかりやすく工夫されている一方で深みもある内容となっている。例えば、本編では「③本当か確かめる方法」について「本当かな?と聞く→本や教科書でも見る→大人に言う」(低学年)、「根拠・出どころが示せるか/差がある意見もあるか」(高学年)と分けて例示しており、単に「事実を確かめる」だけではなく、自身の発想がある前提でそれを一度反芻するように促している。この辺りに、思考力やクリティカルシンキングを長く研究してきた同校の教育観が反映されている。
児童と保護者が「当事者」になる——AIを活かしてつくった、AIの手引き

児童の手元には文部科学省の「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」があった(2026年2月 公開研究会にて:筆者撮影)
前述の通り、今回のガイドブックは児童と保護者を制作の当事者に据えている。保護者はアンケートを通じて意見を寄せたのは前述の通りだが、児童の意見集約方法は非常にユニークなものだった。2026年2月の公開授業では、実際に書籍などを制作する時に行われる「編集会議」を児童たちが主導で行なっている様子を見ることができた。そこではなんと文部科学省が発行する「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」が机に置かれており、さらにワークシートに記載した自身の考えを1人ずつが持ち込んで “編集会議”に挑む。国の指針、保護者の声、自身の意見など、多様な情報をグループ単位で「ガイドブックに入れたい内容」として精選していたのだ。こうした様々な情報を収集し、思考を重ね、自身の意見を組み立てていく学び方は、同校が積み上げてきた「ミューズ学習」そのものである。
そして集約された児童たちの多様な意見は、個人情報に十分配慮したうえで教師が生成AIに入力し、草案として出力される。さらにその草案に対して児童たちがフィードバックを重ね、表現をブラッシュアップし、最終化していったという。児童たち自身は生成AIを直接操作したわけではないが、それでも「自分たちの意見がAIによって加工され、一つのアウトプットになっていく過程」を、彼らはたしかに目撃している。ガイドブックづくりそのものが、AI活用の実践になっているのだ。
ところで、なぜそのガイドブック制作の担い手が“小学校5年生”だったのだろうか。これについて堀先生は「最高学年になる年度末は、次は自分たちが6年生だという機運がいちばん高まる時期。AIも含めて自分たちでルールメイキングをする経験は、6年生がやるよりも5年生がやるほうがいい」と語る。さらに、毎年の5年生がこのガイドブックを振り返って改訂する仕組みも設け、「ルールだけが残る形骸化」を防ぎ、下級生たちのことを考えて(上級生として模範になるように)常に更新をしていく予定だという。
ここで注目したいのは、授業や学校内では児童が生成AIに直接入力して操作することはせず、先生が用意した出力を教材として示し、その“確かめ方”や“考え方”を学ぶという方針になっているのに対し、「家庭」における利用は全く異なる表現が採用されていることだ。宿題や提出物などの家庭学習においては、自由に生成AIが使える端末があるかもしれないし、その端末の使い方に対しても家庭ごとに様々な考え方があるだろう。この点においてガイドブックは「宿題や提出物は、生成AIを使わなくても取り組める形を基本とする」と明言している。その一方で生成AIを家庭で使うことは禁止しておらず、使うのであれば、調べる言葉を考える、見方を増やす、文章の言い換えや誤字・矛盾の点検、ふり返りの視点を増やすといった使い方は「学びが深まるので“OK”」、逆に、答えや文章を丸ごと作らせてそのまま提出することは「学びが残りにくいので“NG”」と、使う可能性があることを踏まえて具体的な例示までしてあるのである。そして、そうした宿題や提出物の評価については「考えた過程」「根拠」「自分の言葉で説明できるか」に置きますよ、ともガイドブックには明記されている。要は、生成AIを使った場合は、どこで使い、何を自分で直したのかを説明できること——その透明性を大切にする立て付けとなっており、この学校のスタンスをガイドブックにおいて保護者と児童に明確に共有しているのだ。
公開後の反響——「人間中心」の姿勢が、教育の外にも届いた

ガイドブックに何を載せるか、自分たちのどの考えを反映させるかを「編集会議」で討議する児童たちの様子(2026年2月 公開研究会にて:筆者撮影)※児童の皆様の写真掲載については許諾をいただいております
公開後、ガイドブックは多くの人からの反応があった。内容をそのまま解説するYouTube動画や、AIが書いたと思われるnote記事まで現れるなど、受け取られ方はさまざまだったが、堀先生としては「思った以上に好意的に受け止められた」という。とりわけ堀先生が手応えを感じたのは、教育以外の業種の専門家からの反応だという。「これは社内でも使える」「学生に見せたい、学ばせたい」——年齢や、使うときのちょっとしたコツといった次元ではなく、「自分で考える・相談する・確かめる・整える」という人間中心の考え方そのものが響いた。
一方で、「結局、使わせないのか」という批判的な声もあった。これに対する堀先生の見方は明快だ。「車の免許だって、走りながら覚えるわけじゃないですよね。安全なところで、学科と実技を分けて、知識と姿勢を先に身につけてから乗る。まずはそこまで——どう付き合い、どう向き合うか、があるのに、と思うのです」。ここで見落とせないのは、このガイドブックが、世の中に多い「教員向けの生成AI利用ガイド」——先生が指導する際の線引きだけを示すもの——とは、性質が根本的に異なる点だ。
使う・使わないの2項対立だけの議論では、学校で指導にあたる先生がよく直面する「学校で生成AIの利用方法について指導しても、児童たちは家庭で普通に使っている。この矛盾をどうするのか」という戸惑いを解決できない。事実、児童が実際にAIを使う場所は、多くの場合において家庭になることを踏まえた上で、堀先生は「家庭での使い方に対して学校と共通認識を持つには、保護者の当事者意識がいちばん大事」だという。だからこそ、保護者の協力を前提に据え、学校と家庭のあいだにある情報の“非対称性”を、正面から埋めにいったのが、今回のガイドブックのアプローチともいえる。
AIと教育の共存へ——主役は子ども、判断し責任を持つのは人間

公開授業後に編集会議の意図やワークシートの構成について解説する堀先生(2026年2月 公開研究会にて:筆者撮影)
取材の最後に、筆者からは「AIと教育の共存は可能なのか」という質問をさせていただいた。これに対する堀先生のメッセージは相手の立場ごとに具体的だった。
- 先生たちへ。「生成AIを特別視して怖がるのではなく、これまで大切にしてきた教育の本質に立ち返ってほしい。そのうえで、AIがその本質をブーストするのか、それともブレーキになるのかを考えることが大事だと思います」。
- 児童たちへ。「AIが出す答えを“最終的な答え”だと思わないでほしい。むしろAIを使うことで、より複雑な問いを立てたり、自分の考えをもっと深めたりするための道具にしてほしい。AIを使うことで“自分はまだ何も知らない”という知的な謙虚さに早く気づけること自体に、大きな価値があると考えています」。
- 保護者へ。「使う・使わないのルールは、それぞれのご家庭の価値観でいい。ただ、お子さんが自分で考える時間と空間を守ることだけは、共通して意識してほしいです」。
堀先生がこの3者に共通する本質と見るのは、クリティカルシンキングだ。どこまでが良くて、どこからが危ういのか——その線を、先生も親も児童自身も自分で引けること。AIがいくらでも使える環境が整うほど、うのみにせず「本当かな」と立ち止まり、教科書や資料と照らし合わせて確かめる力が要になる。大切なものを大切だと言えること——堀先生が繰り返し口にしたその感覚は、情報があふれるAIの時代にこそ問われていると感じた。
生成AIはあくまで道具であり、主役は子ども自身。最後に判断し、責任を持つのは人間である。ガイドブックが一貫して伝えるこの“人間中心”というメッセージは、AIとの距離の取り方に迷うすべての大人にとって、確かな“最初の一歩”になるはずだ。





