教育委員会と学校の連携が可能にしたもの〜豊後大野市取材 Behind the Scene 〜

iOSコンソーシアムでは2024年度より、教育現場でiPadを効果的に活用するために尽力されている方々にスポットライトを当てるべく、「陰で多大な貢献をされている方々」を取材し、記事にしてきました。
今回は、先日公開されたYouTubeクリエイターであり、iOSコンソーシアムの顧問も勤めていただいている平岡雄太さんの動画の「裏側」として、動画内だけでは語りきれなかった豊後大野市と菅尾小学校の「連携プレー」を紹介します。
(まだ、動画をご覧になっていない方は、以下からぜひどうぞ!)
「豊後大野市の菅尾小学校が”防災”をテーマにした総合学習で非常に面白いことをやっている」と教えてくれたのは、iOSコンソーシアムの理事企業でもあるインヴェンティット株式会社でした。同社は教育機関向けに、iPadへのアプリの配信や機能制限、緊急時に遠隔でiPadをロックしたりデータ保護のために遠隔削除するといった機能を持つ「MDM(Mobile Device Management)」の製品を開発・提供している企業です。実は↑の動画では影に隠れて見えないのですが、この豊後大野市のiPadならぬ「GONちゃん」が、先生も児童生徒も日常的に活用できるようになった基礎をつくったのは、このMDMと、それを管理運用するICT支援員の方々の活躍でした。
授業撮影の前日と当日、豊後大野市教育委員会の教育次長 岡部 司さん、学校教育課 参事の渡辺竜也さん、同市の拠点校指導教員である高山浩昭先生、同市のICT支援員である渡邉早弓合さん、吉原哲宏さんにお話しを伺い、「教育委員会と学校現場とICT支援員の連携プレー」の凄さを垣間見ることができました。
渡辺参事と高山先生のお二人が平岡さんのファンで、平岡さんの動画を見てiPadに関する情報を仕入れ、学校にも展開しているという点もすごいのですが、もっと驚かされたのは以下のエピソードです。
豊後大野市教育委員会 学校教育課 渡辺竜也 参事
渡辺参事
「豊後大野市では、子供たちにできるだけ自由にGONちゃんを使ってもらえるように、学校現場から使いたいアプリの要望があった場合にはほぼ、即日中にチェックをして、MDMを通じて学校現場に配信しています。こちらで教育委員会として基本GOを出し、ICT支援員の皆さんにチェックをしてもらって、OKならすぐ配信、です」
吉原さん
「あ、でも、広告とか内容を見て、我々の方が”いや、これはダメでしょう”と止めることもありますよ(笑)。でも、基本的には本当にすぐ、確認して配信してます」
少し補足しておくと、学校現場で使われるiPadは、個人でお使いのiPadと違って、アプリを入手・購入する「App Store」が表示されない設定になっています。そのため、児童生徒はもちろん、先生も使いたいと思うアプリがあってもすぐに入れることはできません。その代わり、前述のMDMを使って、管理者が許可をしたアプリを「配信」することによって、児童生徒や先生方のiPadに遠隔でアプリが入るような制御をされています。なお、豊後大野市では前述のインヴェンティットさんのMDM製品「mobiconnect for Education」が導入されているのですが、遠隔でのアプリ配信を一斉に行うと学校の通信帯域を逼迫することもあり、自治体として利用を許可したアプリだけが並んでいる、学校専用のアプリストアをiPad上で表示して、そこから児童生徒や先生が好きなタイミングで安全性が担保されたアプリをインストールする「mobiApps」という仕組みも導入しています。ただ、新しいアプリをこのmobiAppsに登録するには、MDM(mobiconnect)を管理しているICT支援員が「審査」をして安全性を確認し「登録」をする必要があるのです。
つまり一般的には、
・教職員が使いたいアプリを教育委員会に申請する
・教育委員会にてそのアプリの必要性や教育的意義を確認する
・不適切な広告や機能などがないか実際にiPadの検証機に入れて動作させる(審査)
・問題がないと判断されたら、MDMから児童生徒・先生向けのiPadにアプリを登録する(配信)
・児童生徒や先生のiPadにアプリが配信され、使えるようになる
というステップが必要で、ここに数日、場合によっては数週間単位の時間を要するケースが少なくありません。が、豊後大野市では教育委員会とICT支援員と現場の先生との信頼関係をもとに、このプロセスがほぼ即日で実行されているというのです。
もっと言うと、一般的に教育委員会はICT支援員を「契約により雇用」している立場である場合が多く、教育委員会の指示(ここではアプリを入れること)を止めることが難しいケースもあると思われるのですが、豊後大野市ではお互いに対等な立場で、子供たちや現場の先生のことを考えて「必要と思われることを躊躇なくICT支援員が言える環境である」ということを二日間の取材ではっきりと感じることができました。
今回取材した、防災をテーマにした「郷土学」の授業を展開された菅尾小学校の釘宮泰代先生
また、動画の中でも触れられていますが、豊後大野市ではできるだけiPadの機能制限をかけない方向で指導が行われています。学校や教育委員会によっては機能として止められていることが多い「AirDrop」も利用可能になっており、実際に授業を見学した際には、分担して作業を行っている児童が制作に必要な素材や画像をAirDropでやりとりしていました。(ちなみに、個人情報保護の観点からAirDropを行う際に見える”端末の名前”は、いわゆる管理番号のような数字と文字の羅列なのですが、人数が少ない学校ゆえか、児童たちはXXXX番は誰々さん、とすでに頭の中で読み替えができており、難なくAirDropで情報共有をしていました・・・)。
もちろん、当初はAirDropを使ったいたずらもありましたし、共同編集などを行う際にも同様の問題があったそうです。しかし、それらを安易に禁止や制限せずに、話し合いをして自分たちでも考えてもらうことを通じて、こうしたモラル面についてもしっかり育てているそうです。
児童の支援をする、ICT支援員の渡邉早弓合さん
また、ICT支援員の渡辺さんは「あえて子供たちに失敗する経験をしてもらい、そこから学ぶことも大切にしている」というお話しをされていたのも印象的で、失敗しないように先回りして制限すること自体が学びの機会を棄損している、という考え方が先生や支援員の皆さんとも共有されているところに強さを感じました。子供たちを地域の「未来」であると捉え、「信頼」をベースに向き合っている。だからこそ、動画にも登場するように、授業の前日に児童の方から「予定にないけどiMovieを使って取り組みたい」ということを言ってきて、それを先生が「やってみて」と受け止めることができているのでしょう。
「学校経営」の重要性を説く豊後大野市立菅尾小学校の衞藤浩校長先生
また、動画の後半に衞藤校長先生が、菅尾小学校にわざわざ学区を「越境」して子供を通わせている保護者が36%もいるというエピソードや、複数の世帯が市内にわざわざ「移住」してきているというお話しが登場します。さらに翌年度についても「今の所、これだけ越境や移住できてくれそうだ」という情報を校長先生が「月次決算」という言い方で教職員と定期的に共有し、地域や保護者を意識した情報の発信を積極的に行っているというお話しも伺いました。地域住民や保護者に「菅尾小学校はなにか違うらしい」という噂や評判を呼ぶような情報発信を行い、実際に保護者ともやりとりをしながら、その経過・結果を教職員との間で共有する。全校児童70名ほどの学校ですが、こうした「経営努力」の一つとして、魅力ある学校づくりのためにICTを戦略的に活用する(そのためにも、子供たちがのびのびと才能や工夫をできるように余計な制限を加えない)という明確な指針があり、保護者もそれを支えてくれている、という印象を受けました。
事実、菅尾小学校は2年連続、大分県教育委員会が主催するプレゼンコンクールで優勝しています。市ではなく県単位で、です。インタビューに応じてくれた子供たちが仕込みでもなんでもなく「地域への貢献」を口にしていたのは、自分たちの発信がなんらかの形で地域に影響を与えているという「成功体験」があってこそなのかもしれません。
ここまでの話をまとめると、MDMなどのシステム的な話も、日々の授業や教育活動においても、教育委員会、ICT支援員、学校教職員、子供たちのそれぞれの間に「心理的安全性」が担保されている、と言ってもいいでしょう。(そして、これは学校・教育現場に関わる皆さんにとっては、言うは易し、行うは難し、の最たるものということも実感されていることと思います・・・)
そのように感じたので、私は渡辺参事に
「なんでこれだけ教育委員会や学校、ICT支援員さんの距離が近いのですか?なにか秘訣はあるんですか?」
と思わず聞いてしまいました。
それに対して渡辺参事は
「最初は端末を使ってくれと毎度のように求めて、現場からの反発もあったのですが、根気強くお願いをしました。学期ごとに先生や保護者にもアンケートをとったところ、便利さや肯定的な意見が多数できたので、校長ー教育委員会の連絡会で良い事例を共有しました。そうした情報が集まったら出す、ということを繰り返した結果、全体で共通認識を得るに至った結果だと思います」
と答えてくれました。
教育委員会と一緒に現場の指導担当として回った高山先生も、当初は先生方への研修の際に受け入れてもらえず、大変な苦労をされたそうです。しかし、教育委員会と学校現場を繋ぐ高山先生のような存在や、ICT関係の課題解決に伴奏するICT支援員のお二人、そして客観的なアンケートを通して「保護者」からも意見を聞いて、それぞれの立場の相互理解を深めていったことが、最終的に今の「近い距離」や「心理的安全性」につながったのだろう、と思います。
菅尾小学校の前でエンディングを撮影する平岡さんとカメラマン:髙澤けーすけさん
GIGAスクール構想により端末が学校現場に配備されはじめて4-5年が経ちましたが、さまざまな課題や困難を乗り越え、地道な対話や努力を積み重ねてきた結果が、豊後大野市、そして菅尾小学校では結実しつつあるのかもしれません。
iOSコンソーシアムは、このような目立たないけれど重要な役割を果たしている人々に光を当て、その活躍と努力を紹介していきたいと考えています。この記事や動画を見て興味を持った方は、ぜひご遠慮なくご連絡ください。
【関連リンク】
豊後大野市教育委員会 学校教育基本方針
iPad(GONちゃん)を特集した際の市報(2022年11月)
豊後大野市立菅尾小学校
校長先生による「月次決算」の報告がHPにも掲載されています
単元テスト目標、睡眠時間の確保、家庭での親子の会話、地域の方の学校訪問
など、様々なKPIを設定し定期的に公開されています。記事中の越境通学・
移住はその結果、と言えます。
mobiconnect for Education (株式会社インヴェンティット)
インヴェンティット社の導入事例ページ
菅尾小学校において具体的にどのような教育活動が行われているか、それを
迅速なアプリ配信ができるmobiAppsがどのように支えているか、詳細が紹介
されています。
【カメラマン 髙澤けーすけさんについて】
今回、撮影を担当してくれたのは、冒頭でもご紹介がある通り、「けーすけ」さん、こと、髙澤けーすけさん。
非常に美しいV-LOG映像や撮影機材のレビュー動画などを多数掲載されている、YouTuber(メディアクリエイター)です。
髙澤けーすけさんのYouTube チャンネル